https://gentosha-go.com/articles/-/42658
「申し上げにくいが、死後かなり経過した状況で…」
都内に住むAさんが神奈川県警のある警察署から電話を受けたのは、今から1年ほど前のことだ。
「お兄様がご自宅で亡くなったようです。申し上げにくいのですが、死後かなり経過している状況です。ご遺体の引き取りをお願いしたい」
Aさんの心の中では悲しみや驚きの感情よりも先に、「参ったな」との思いがよぎった。
兄とは疎遠で、Aさんが大学進学を機に上京して以来、もう30年以上は会っていない。いや、もっと長い間だろうか。
兄は若い頃から飲食関係の仕事を繰り返し、夜の仕事を転々としていたようだ。人当たりは良く、口先だけは調子はいいが、何をやっても長続きしない。
知人や両親からお金を借りて自分で店を出したこともあったらしいが、そのたびに繫盛しても潰したりを繰り返し、と風の噂で聞いていた。
既に亡くなった両親も見放して、とうの昔に縁を切っていた。
だが兄には、子どもがいたはずだ。離婚していたが、確か女の子でもう20代後半くらいにはなっているはずだ。そのことを連絡をくれた警察官に問い合わせると、
「個別のご親族の状況について詳細は言えませんが…。連絡の取れる親族で、ご遺体の引き取りをしてくれているご親族に連絡をするしか我々もできない」との回答だった。
いくら疎遠だった兄でも、死んで亡骸となってしまったいま、このままにしておくわけにはいかない。仕方なくAさんは警察署に足を運び、変わり果てた兄と対面した。
検死費用、遺体搬送費用、葬儀費用…出費は50万円以上
その後は怒涛のような忙しさだった。
不審死扱いになるので検死の費用、遺体の搬送費用、これらを神奈川県では遺族が負担するとのことだった。腑に落ちないが、「そういう制度なので」と言われたので払うしかない。また警察から何社か紹介を受けた葬儀会社に、火葬や簡単な葬儀をしてもらう。
これだけでなんだかんだ合算すると50万円以上になってしまった。旅費なども合わせると、さらなる額の負担となり思わぬ出費となった。
2週間程後、無事火葬が終わり、兄は遺骨となった。
警察から遺留品として兄の銀行通帳も渡された。中を見てみると、直近で500万円程の金銭がある。また結婚した当時に買った兄の自宅の、古いマンションの名義も兄のようだ。
「この預金から葬儀代を貰っていいのですか?」と警察などに問い合わせても、「それは銀行に問い合わせてください」としか言わない。
兄の遺骨についても困ってしまう。両親の気持ちを考えると実家の墓には入れたくない。
両親は実家に兄が訪れることも許していなかったし、晩年は絶対同じ墓には埋葬しないでくれ、と言い残されていた。
お骨はどうすれば、と警察官に聞いてみても、「それはご親族のことなので皆様が決めてください」としか回答がない。ごもっともだが、こっちも善意で火葬しただけなのに困ってしまう。
「きょうだいには戸籍を取る権利はありません」
Aさんはさらに、兄が通帳を持っていた銀行にも問い合わせをしてみる。
「まずは亡くなった方の出生までの戸籍をすべて取得して下さい」
とのことなので、今度は市役所への問い合わせだ。
市役所で戸籍を取ろうとすると、当初は門前払いされた。
「きょうだいには戸籍を取る権利はありません。私たちは、市から業務委託を受けている派遣会社の者なのでマニュアル以外のことは対応致しかねます」
との回答を繰り返すばかりで、戸籍を出してくれなかった。
その後、市の職員に対応を代わってもらい、兄の娘に対して、兄の死亡や相続が発生していることを伝えないとならないこと、葬儀代を立替えていることなどの必要性の事情を説明し、正当な事由があることなどを書面で申し立てて、ようやく亡き兄の戸籍を取ることができた※。
※筆者注:戸籍法第十条の二により、「自己の権利を行使し、又は自己の義務を履行するため」や「正当な理由がある場合」があり、請求者がこれらを明らかにした場合は、本人や直系の尊属・卑属以外でも戸籍の取得が可能な場合がある。
それを持って銀行にAさんが行くと、「子どもがいるのでこの方のみが相続人です。きょうだいの方に相続権は一切ありません」と、にべもない対応だ。
兄の戸籍からの手がかりで、また戸籍の取得だ。いちいち理由を説明しなくてはならないので、とんでもなく手間がかかる。
しかしながら数ヵ月の後、やっとのことで兄の娘の住所を知ることができた。
いちいち知らせてくるんじゃねえ!」
Aさんはまずは書面で、兄の娘に手紙を書く。まず父が死亡したこと、そして葬儀代をAさんが支払ったこと、まず電話でいいので連絡をほしいことなどを記載した。
殆ど面識がないとはいえ、姪にあたる親類だ。年頃の女性だし、父の死亡を知って悲しむかもしれない、そんな思いだったAさんに兄の娘から思いもよらぬ電話がかかってきた。
「おい、なんでお前が私の住所知ってんだ!」
「あんな父親が死のうが知ったことか。いちいち知らせてくるんじゃねえ!」
若い女性のいきなりの怒号に近いような口ぶりにAさんは絶句した。
その後も兄の娘は支離滅裂な言葉を繰り返す。自分の人生が上手くいかないのは、父親がしょうもないせいだ、などと喚くばかりで会話にならない。それでもAさんは諦めずに要点を話す。
何故か警察に娘ではなく、Aさんに遺体の引取りの連絡が来たこと。
Aさんが火葬や葬儀を費用を出して行ったこと。
また兄には預金と自宅不動産など、若干の財産と呼べるものがあること。
遺骨の引取りもあるので、相続するのならそれで構わないので、遺骨や相続手続きなど、親族として協力してほしいことだ。
すると、兄の娘の対応が少し変わる。
「警察からは何度も連絡があったが、私には関係がないので無視をした。相続手続きについては、協力してやるかやらないかは追って考える。通帳などすべて送ってくれ。遺骨は家が狭いので、とりあえずは送らないでくれ」
Aさんは仕方ないので、通帳や不動産の権利証(登記済証)らしきものを、兄の娘に郵送で送ることにした。
姪の代理人を名乗る弁護士から届いた、突然の通知
それから半年以上が経過した。待てど暮らせど兄の娘からの連絡はない。
Aさんが何度か電話をしたが返事がない。
流石のAさんも痺れを切らして再度、書面にて連絡を取ることにした。
すると2週間後、兄の娘の代理人を名乗る弁護士から突然書面で通知が来た。Aさんが慌てて、書面に記されていた弁護士事務所に連絡をすると、
「相続の手続きはすべて終わった。詳細は言えない。法定相続人ではないあなたには関係ない」
と、一方的に繰り返すばかりだ。
せめてAさんが、すでに負担した諸々の葬儀や火葬、検死などの費用について支払ってほしい旨を伝えると、
「そんな法的根拠はない。一切の支払いはできない。依頼人は『あなた方が勝手にやったことだろう』と言っている」
との回答だった。
法律のことは詳しくないが、さすがにAさんは立腹した。しかし喧嘩をしても仕方ないと思い、せめて遺骨だけは引き取ってほしい、と弁護士に伝えると、
「依頼人としては遺骨は引き取るつもりは一切ない。依頼人は『その辺に捨ててもらっても構わない』と言っています」
との回答だった。
散々振り回され、費用を使い、置き場に困る遺骨まで…
筆者は知人を介して紹介を受けたAさんとお会いしたのは、こうしたやり取りのあった数週間後だった。
Aさんは困り果てた様子で、「善意で行ったことだし、疎遠だったとはいえ姪とこんなやり取りをしなくてはならないことが残念」ということを繰り返していた。
勿論、会社員であるAさんに兄の死後の諸費用を50万円程負担したという経済的・金銭的な負担も大きい。しかし、散々振り回されたうえに、受け取りたくもない遺骨を自宅に置き続けなくてはならないことに、Aさんの奥様の含め、精神的に参っているようだった。
弁護士や税理士の知人も同席していたが、なまじ結論が分かっているだけにAさんに気休めの言葉も掛けられない。せめてお骨は永代供養などを引き受ける寺院はいくらでもあるので、そのような提案しかできない。
葬儀費用は誰が負担する問題は、相続業務を行っている士業の方なら、しばしば直面する問題ではないだろうか。