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高齢者の死亡事故件数は若年層の2倍にも
池袋で87歳の高齢ドライバーによる死傷事故が発生
2019年4月19日、東京・池袋で87歳の男性が運転する乗用車が暴走し、母子2人が亡くなり、男女8人が重軽傷を負うという凄惨な事故が発生しました。
運転者は2017年の免許更新時に認知症検査を受け、記憶力、判断力ともに「問題なし」との判定を受けていたのですが、それでもこのような大事故が起きてしまったのです。
また、2日後の21日には、神戸市の市営バスが横断歩道を歩いていた歩行者を次々とはね、20代の2人が死亡し、6人が重軽傷を負いました。バスの運転手は64歳でした。
高齢世代のドライバーによる事故が立て続けに起こり、高齢者の運転のあり方や免許の自主返納をめぐる議論に、改めて注目が集まっています。
警視庁の資料によれば、ここ数年、75歳以上の高齢ドライバーによる死亡事故件数は年間410~470件の間でほぼ横ばいの状況で推移し続けており、大幅に増え続けているということはありません。
ところが、全世代の交通死亡事故件数が大きく減少(2007年は5,796件でしたが、2017年は3,694件)しているため、高齢世代の死亡事故発生割合は年々上昇しています。
出典:『交通安全白書』(内閣府)更新
2016年における免許人口10万人あたりの死亡事故件数は、75歳以上の運転者だと8.9件。これは75歳未満の3.8件よりも2倍以上高い値です。
これらのデータを見ると、やはり高齢世代は、若い世代よりも死亡事故を引き起こしやすい状況にあることがわかります。
運転免許の自主返納をしている高齢者は4%
高齢ドライバーの事故発生割合が高まり続けている一方、高齢者による免許証の自主返納は進んでいないのが現状です。
警察側は高齢ドライバーに自主返納を促しており、自主返納者数(全世代)は2015年に前年比37.5%増、2016年では同20.6%増、2017年は同22.3%増と増え続けています。
特に、75歳以上の年代での伸び率は大きく、2016年では同30.6%増、2017年では56.1%増となりました。
しかし、自主返納者が増えているといっても、免許保有者全体から見るとごくわずかな割合でしかありません。75歳以上の免許保有者全体のうち、2016年で返納したのは全体の3.16%(16.2万人)、2017年では4.67%(25.3万人)のみです。
現在、警察や自治体は、免許返納者に対して「宿泊施設や飲食店、レジャー施設における利用料金の割引」「タクシー運賃の割引」「小売店における配達料の無料化」など多様な特典を用意することで、自主返納を促しています。
それでも実際には、75歳以上で免許の自主返納をしているのは20人に1人の割合に過ぎないのです。なぜ高齢者は、免許証の返納をしないのでしょうか。
80歳以上のドライバーの72.0%が運転に「自信がある」
高齢者は「公共交通機関」の利用率が低い
高齢者が免許を自主返納しない理由のひとつが、運転を辞めると移動手段がなくなってしまい、大きな不便が生じるからです。
警察側や自治体は、免許返納後の交通手段としてバスをはじめとする公共交通機関の利用を勧め、返納者に対して運賃の割引を図るなどの施策を進めています。
しかし実際には、公共交通機関の利便性は高くなく、積極的に利用している高齢者はそれほど多くないのが現状です。
例えば、群馬県が2018年に県内の免許返納者を対象に実施したアンケート調査結果によると、免許返納後の移動手段として最も多かったのは「家族の自動車による送迎」で、「買い物」時では38%、「通院時の移動手段」としては42%に上りました。
一方、「公共交通機関」は、「買い物」と「通院時の移動手段」のどちらにおいても11%、約1割の利用率にとどまっています。
調査対象者からは、バス停はあるものの、運行本数が少ないなどの声が寄せられたとのこと。特に車社会の地方では公共交通機関を利用しようにも、利便性があまりに低いため、免許返納後における高齢者の移動手段としては不十分なケースが多いのです。
高齢ドライバーが運転をやめない理由とは?
高齢者が自分の運転技術を過信していることも、免許返納が進まない理由と指摘されています。
民間シンクタンクが行ったアンケート調査では、車の運転に「自信がある」と回答した人の割合は、20代、30~59歳、60~64歳と高齢になるにつれて次第に低下。
しかし65歳以降では一転して上昇。65~69歳、70~74歳、75~79歳と年齢が上がるにつれて割合は増えていき、80歳以上ではなんと72.0%の人が「自信がある」と答えているのです。
出典:『高齢者運転事故と防止対策』(MS&AD基礎研究所)更新
65歳以上の運転者は若い人よりも運転経験が長いので、特に無事故無違反で運転してきた人だと、そのことを誇りに思っている人も多いでしょう。
しかし、自身の老いを自覚せずに若い頃と同じ感覚で運転を続けようとすると、思わぬ事故を引き起こす恐れがあります。
警視庁によると、高齢ドライバーによる交通事故の発生状況を人的要因別にみた場合、最も多いのが「発見の遅れ」(70%)。加齢による認知機能の衰えによって交通状況を即座に把握する力が低下し、それが事故につながっているケースは多いのです。
免許更新時の認知機能テストが形骸化している
「認知症」と診断されれば家族が賠償責任を問われることも
警視庁が2018年6月に発表した統計によると、18年3月末までの1年間に認知機能検査を受けた210万5,477人のうち、「認知機能低下の恐れがある」と判定されたドライバーはたった2%の5万7,099人。
そのうち、専門医から「認知症」と診断された1,892人は免許の取り消し・停止処分を受けましたが、「今後認知症を発症する恐れがある」と診断された対象者については、その後もハンドルを握り続けています。
このため検査自体が形骸化しているのではないかという指摘もあります。
また、警察庁が今年3月に発表した最新のデータでは、2018年に交通死亡事故を引き起こした75歳以上の運転者のうち、49.3%が事故前の認知機能検査において「認知症」や「認知機能低下の恐れがある」と判定されていたとのこと。
出典:『高齢運転者の認知機能検査・診断結果』(警視庁)更新
冒頭で紹介した池袋の事故における87歳の加害者は、2017年の免許更新時に受けた認知機能検査では問題ないと判定されていました。専門家の間からは免許返納の義務化や、免許更新時の認知症テストの見直しなどを求める声も上がっています。
問題は高齢者の家族にも及びます。もし認知症を発症していることが明らかで、家族に「監督義務」があるとみなされた場合、高齢ドライバーが事故を起こせば家族に賠償責任を問われるケースも考えられます。
高齢者の移動手段の確保が自主返納につながる
そうした中、高齢者に対して無理に免許返納を強要するのではなく、「運転しやすく事故の起きにくい車」を高齢者に提案、提供しようとするという動きも出てきました。
例えば「超小型モビリティ」と呼ばれる1~2人の電動車は、運転するのに普通自動車免許が必要ですが、最高速度は60キロで車体は小さく、高齢者でも運転しやすいのが特徴です。パワーが小さいので急発進することもありません。
昨年には、愛知県豊田市が東大・京大の協力のもと、市民に超小型モビリティを貸し出すという実証実験も行っています。
重要なのは「高齢者による交通事故を起こさない」こと。そのための手段として、超小型モビリティのような車を活用するのは、ひとつの対処方法になるかもしれません。
今回は、高齢世代における免許の自主返納について考えてきました。免許の自主返納を促すには、公共交通機関の整備や代わりの移動手段の確保をセットで行うことが不可欠です。
しかし、同時に高齢者自身、そしてその家族も重大事故につながりかねない「高齢社会の自動車運転」を、考えなくてはいけない時期にきています。
2019年に発生した池袋の暴走事故から4年となりましたが、高齢者ドライバーの事故は後を絶ちません。事故の要因や高齢者の運転意識について取材しました。
いまも相次ぐ高齢ドライバーの事故。
いつまで運転し、免許をいつ返すのか? 高齢ドライバーが直面する悩みをしらべてみました。