買い手が決まらない
なぜ家を売ってはいけないのか。その理由を実例とともに見ていこう。
時間を8年前、藤原さんが自宅を売却する決心をしたころに戻そう。
「夫婦二人で暮らせる2LDKが板橋に見つかってから、近所の大手の仲介業者に相談しました。家はすぐ売れると思っていました」(藤原さん)
藤原さんの住んでいた小平市の家は築20年以上だが、業者からは「立派な家なので更地にせずに売りましょう」と言われた。売却の希望価格は3000万円だ。実際その後、何人か家を見たいという人も訪ねてきた。
「まだ私たちも生活していたのですが、家を売るためですから中を見てもらいました。ビー玉を持参して傾斜をはかるほど気合の入った人までいました」(藤原さん)
しかし見に来る人はいるけれど一向に買い手が決まる気配がない。一度だけ、新聞の折り込みチラシに載ったものの、その後見学に来る人はピタッと途絶えてしまった。
「気づけば引っ越しの日が来てしまいました。その後も半年間買い手はつかず、仲介業者の関連会社が希望より安い2000万円で買ってくれました。ガッカリしましたが、買い取り手があっただけでもありがたいと思ってしまいました」(同)
家がすぐ売れないと知っていれば、急いで引っ越して計60万円の家賃を払うこともなかった。
想定外のコスト
家が思うように売れない現実について、前出の太田氏が語る。
「不動産は欲しい人がいないと売れません。しかも、その人がいくら出せるかにも左右されます。
都市部の家は買い手も多く需要がありますが、郊外で不便な場所にある家は売れない。老後は家を売り、便利な場所に移ろうと思っても、肝心の家が売れず、思ったほどの資金にならないのです」
しかも、今後の不動産マーケットの先行きもよくない。多くの識者は、東京五輪が開催される2020年をピークに不動産価格は下がると予測し、下のグラフのとおり、売れない空き家の数はどんどん増えていく。
「増加する空き家が市場に売り物件として出されれば、中古住宅の価格は大きく下がる。また新築住宅もまだまだ建てられており、住宅の価格はますます下落します」(相続・不動産コンサルタントの藤戸康雄氏)
貯金寿命が尽きてから家を売ろうと思っても、その時には中古住宅の価格が大暴落している危険もあるのだ。
もし売買が成立したとしても、売却額がそのまま手に入るわけではない。手数料など想定外のコストがかかる。
例えば、1000万円の不動産を売った場合、平均すると約36万円もの仲介手数料がかかる。
さらに古い物件であれば境界が明確でないため、測量の必要があり、これにも少なくとも約10万円がかかる。こうした費用を考えると、見込んでいた儲けは目減りする。
結局、老後資金の最後の頼みの綱だった家を売ったところで、期待していたほどのおカネにはならない。
しかも賃貸に住み続けると、むしろ貯金寿命を縮める結果になるのだ。