https://wired.jp/2020/10/13/reasons-flu-vaccination/
毎年、秋から冬にかけて流行する季節性インフルエンザは、特に子どもや高齢者、免疫力の低下している人が気管支炎や肺炎、脳症などの合併症を起こしやすいことで知られている。世界保健機関(WHO)の推計によると、世界では毎年インフルエンザでの死亡数が29万から65万人に達する。特に心疾患や呼吸器疾患などの基礎疾患をひとつ以上抱えている人々を中心に、あらゆる年齢層の人たちの死因のトップ10に挙げられている。
今年は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、インフルエンザの予防接種が例年以上に重要とされている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とインフルエンザの同時流行や、それに伴う医療現場の逼迫(ひっぱく)が懸念されるからだ。
インフルエンザ予防接種の対象年齢は、生後6カ月以上のすべての人となる。ワクチンによる免疫反応は時間の経過とともに薄れてしまうことから、ほとんどの人にとって10月がワクチンを接種するタイミングとして理想的とされる。
ここで、素朴な疑問が生まれる。わたしたちが今年インフルエンザの予防接種をすることで、新型コロナウイルス感染症による公衆衛生上の脅威には何らかのかたちで対抗できるのだろうか?
人々がすでにソーシャル・ディスタンス(社会的な距離)を保ち、手洗いや消毒、マスクを徹底している現在、インフルエンザの予防接種は本当に必要なのだろうか?
考えられる疑問に答えていこう。
1.インフルエンザの予防接種は医療機関への負荷を減らす
インフルエンザによって毎年、多くの入院患者や死亡者が出る。今年はCOVID-19の患者がその数に追加されることで、医療関係者、病院、老人福祉施設などが二重の意味で大きな影響を受ける可能性があると予測されている。COVID-19のワクチンがいまだ開発中であることを考慮すると、各機関の潜在的な負担を少しでも減らす最善の方法が、一方の感染症をある程度は予防できるインフルエンザの予防接種というわけだ。
「インフルエンザにはかなり効果的なワクチンがあります。ICU(集中治療室)を、予防接種を受けていないインフルエンザ患者で埋め尽くす理由はありません」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の疫学者ジョージ・ラザフォードは説明する。
COVID-19とインフルエンザの初期症状には似ている点があることから、不安に駆られた多くの患者が病院に押し寄せる可能性がある。COVID-19と比べてインフルエンザの致死率は約10分の1と低いとされるものの、感染・重症化を予防できるワクチンが存在するなら、予防接種をしない理由はない。医療機関も、引き続き蔓延することが予想されるCOVID-19のために、事前に予防できるインフルエンザ病床分の余裕が欲しいところだろう。
重要なことは、過去数年のうちにインフルエンザに罹患して免疫があると思いこんでいる人たちも、1年前に予防接種を受けた人たちも、また新たに予防接種をする必要があるという点である。
変異し続けるインフルエンザに効果はあるのか?
毎年インフルエンザを引き起こすウイルスのほとんどはA型かB型株だが、特にA型株は変異しやすいウイルスとして知られている。どちらも多くの株が宿主を変えて感染を繰りかえすうちに絶えず変化し、遺伝子の変異が蓄積される。ところが、変異が十分に蓄積されると、わたしたちの免疫システムがウイルスを認識しなくなってしまう。このため、一度インフルエンザの特定の株に罹患したからといって、必ずしも次回その株から身を守れるとは限らないのだ。
そこで米疾病管理予防管理センター(CDC)は、世界中で変化し続けるインフルエンザの抗原変異株を常に監視している。このデータを利用してCDCは、インフルエンザのシーズンが始まる数カ月前に流行する可能性の高いものをいくつか予測し、不活性化したA型・B型株の数種類を混ぜ合わせてワクチンをつくるというわけだ。
その年に流行するウイルスはデータから予測しなくてはならないので、ミスマッチが起こる可能性もある。このためワクチンの有効率は、100パーセントにはならない。だが、CDCによると、毎年おおむね40〜60パーセントほどの発症予防、または重症化予防効果があることがわかっている。
例えば2014年の調査では、インフルエンザの予防接種は子どもの重症化(ICUへの入院)リスクを約74パーセント予防、18年の調査では成人がICUに入院するリスクを82パーセントも予防したと推定されている。昨年アメリカで約50万人がインフルエンザで入院したことを考えると、コロナ禍におけるインフルエンザの予防接種は理にかなったものと言えるだろう。
それでも2018/19年のインフルエンザシーズンに、米国では34,000人もの人々がインフルエンザで命を落としている。子どもの63パーセント、成人の45パーセントが予防接種をしたにもかかわらずだ。ちなみに日本では、平均して年間約3,000人もの人々がインフルエンザで亡くなっている。
2.予防接種はインフルエンザとCOVID-19の重複感染の予防になる
インフルエンザとCOVID-19の同時感染については、医学ジャーナル誌『THE LANCET』で4人の症例と、米国でも1例が報告されている。これらのケーススタディにおいては人工呼吸器を使用した患者もいたとはいえ、二重感染でもCOVID-19の症状や治癒の過程とさほど変わりがなかったことが報告されている。しかし、症例が極めて少数なので、重複感染が重症化を引き起こすかどうかはさらなる調査が必要である。
それでもインフルエンザは、COVID-19に限らず、ほかの病原体(細菌、その他のコロナウイルスによる風邪など)に対して感受性を高めることが知られている。重複感染はしばしば起きることから、一方を避ける意味でもインフルエンザの予防接種は重要といえる。
3.インフルエンザのワクチンはCOVID-19の心血管系疾患にも予防効果がある?
「COVID-19とほかの呼吸器ウイルス感染症は、急性心筋梗塞やほかの心血管系の症例に関連づけられています。インフルエンザのワクチンが、心血管リスク低減のための最適な選択肢であるという証拠もあります」と、トロント大学の循環器科医ジェイコブ・ウデルは説明する。
「いくつかの観察と小規模なランダム化臨床試験では、インフルエンザの予防接種は危険な心血管系疾患の予防として役立つ可能性があることを示しています」
「Journal of the American College of Cardiology」に掲載された最新のレヴューによると、インフルエンザのワクチンが心血管疾患リスクを低下させることを示した6つの小規模な研究結果と4つの観察結果を、より大きなランダム化比較試験により実証しようと試みている。
この大規模な臨床試験の結果はいまだわからないままだが、心血管疾患を基礎疾患にもつ人々にインフルエンザワクチンを接種することで、少なくともCOVID-19における心血管系の重症化に対する予防効果が期待されている。
季節性インフルエンザが流行しない可能性も
ちなみに2020年半ば、南半球の冬に季節性インフルエンザの流行は訪れなかった。理由は新型コロナウイルス対策として人々がソーシャル・ディスタンスを保ち、手洗いやマスクなどの安全対策を徹底したからだと考えられている。同じように人々が用心深くしているうちは、北半球でもインフルエンザシーズンが来ない可能性が大いにある。
だが、安全対策を徹底していても、感染力の強い新型コロナウイルス感染症はいまだ収束の兆しが見えないままだ。いずれにせよパンデミックのさなかであるだけに、公衆衛生の向上に役立つのであれば、インフルエンザの予防接種を受けておくにこしたことはないと言っていいだろう。